流産の種類は?兆候は?原因と対処方法

流産の体験談

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流産の体験談

「心臓が形成されていません。」絶対流産なんかありえないと思っていた私

初めて私が妊娠したとき、結婚したばかりの頃でした。初めて病院で妊娠確認したときは5週くらいでした。また一週間後に病院に行った時、病院の先生から「心拍の確認ができないね。また1週間後に来てね」と言われて、何のことか分からず、安静ってどれくらいが安静なのかも分からず、普通に過ごして激しい運動は避けていました。

また一週間後病院にて、「心臓が形成されていません。多分このまま流産する可能性が高いかな。絶対に安静にしていてね」と言われて頭が真っ白になりました。

その日の夜、急な腹痛に襲われて出血。大量の出血の後、トイレで血の塊が出ました。本当に立てないほどの腹痛に襲われてそのまま夜中に病院に行くとすぐに入院になり、内診するともう赤ちゃんの姿は映っていませんでした。あの血の塊がそうだったんだと、確信しました。

自然流産という形になりましたが、まさか私が流産するなんて思ってもいなくて、お腹の中から急に赤ちゃんがいなくなることなんて本当にあるんだと絶望感しかりませんでした。何日かは落ち込みましたが、落ち込んでいても仕方がないのでと思い切って気分転換することにしました。

あの日のことは忘れられませんが、今は三人の子供に恵まれて幸せな日々です。妊娠して勝手に生まれることが普通ではなく特別なことなんだと、深く心に刻まれています。 Oさん 24歳 妊娠8週

42歳高齢妊娠出産 人工受精~妊娠~流産からの・・出産へ

6回目の人工受精後、基礎体温の高温期が続き、妊娠チェッカーで陽性反応。でも反応を示す色が薄かった気がします。その後、毎週病院でエコーで確認をするものの、7週すぎても心拍が確認できず、8週目は受精卵が大きくなっておらず、9週目にはつぶれていました。

自然に流れる場合は、いつおとずれるかのタイミングが読めず、大量の出血が予測されたため、9週間目の検診の2日後、手術を受けました。

42歳という高齢で待ち望んだ妊娠が駄目になり絶望的な私を、主治医(女医)も涙を浮かべながら「流産は悲しいけれど、卵が受精して着床できて、卵管も子宮もまだ大丈夫と知らせてくれたのょ」と励まして下さいました。翌年、主治医の勧めもあって体外受精専門病院に転院し、44歳で出産しました。Uさん 42歳 妊娠9週

私が悪いの?子宮の痛みはあの子がいた証? 稽留流産

初めての妊娠でした。当時は、仕事が忙しかったせいか心身ともにすごく疲れていました。なぜかお腹が痛い日が続き、心配になり病院に行きました。病院で検査をする際に何度も『妊娠はしていませんか?』と聞かれました。妊娠なんて考えてもいなかったので『していません』と言いました。

レントゲン検査をしたり、エコーをしたり様々な検査をしましたが、異常は見つかりませんでした。その後、毎月必ず決まった周期で来ていた生理が来ませんでした。まさかと思い、妊娠検査薬を家で試すと陽性反応がでました。すぐに産婦人科に行きました。

妊娠初期で小さな赤ちゃんの部屋(胎嚢)だけが確認できました。次の診察の時も前回と変わらずの状態でした。次の診察時で心臓が確認できなかった場合、稽留流産かもしれないと言われました。そんなの信じられませんでした。

妊娠したとわかってからツワリがくるようになったのに・・・ツワリはお腹の子がいるよって合図を送ってくれているのに・・・流産だなんて信じられませんでした。違う病院でも診察を受ける事にしました。そこでも、同じ事を言われました。

そして、胎嚢を身体の中に残しておくのは母体にとって危険だから手術をしないといけないと言われました。もう少し待ったら心臓ができるかもしれないと常に思っていたし、願っていました。しかし、9週待ってもなにも変わりはありませんでした。

ツワリがあるのに手術をして赤ちゃんの部屋を出さないといけないなんて・・・心臓がないにしても、生きようとしている命を奪ってしまうようですごく悲しくて、どうしようもない気持ちでいっぱいでした。

そして、お腹が痛かったのは 腹痛ではなく、子宮だったのかもしれないと思いました。あの時、レントゲンとかたくさんの検査を受けなければ?あの子?は無事に成長ができたのではないかとすごく後悔しました。

私が命を奪ってしまったのではないかと自分をすごく責めました。手術は全身麻酔だったのですが 意識があるようなないような状態で何かが自分の中からなくなるのがわかりました。術後、しばらくは子宮がすごく痛みました。

それが?あの子?の生きたかったという叫びのような気がして、子宮が痛む度に『ごめんね。会いたかったのに、ごめんね』と言いながら子宮あたりをさすりました。子どもを授かることの難しさを知りました。今は子ども3人の母です。 Eさん 25歳 妊娠9週

流産のショックは次の妊娠で切り替え

私たちは、なかなか子供に恵まれず妊娠したときはすごくうれしくて自分が流産するとは思いませんでした。何の兆候もなく過ごしていました。つわりがなく大丈夫かと心配した事ぐらいです。

産婦人科の先生に、言われたときはショックで頭がパニックになりました。自分の何処が悪かったか責めましたし、旦那にも謝りました。旦那が私が悪い訳じゃないまた頑張ればいいよって言ってくれたときは救われました。

手術中は、麻酔が切れたときに、お腹に赤ちゃんは居ないんだと泣いていたら、スタッフの人が励ましてくれました。スーパーで子供や妊婦さんを見ると羨ましい気持ちもありました。また半年後に妊娠したことで気持ちの切り替えが出来ました。Kさん 30歳 妊娠8週

気がついてあげられなくてごめんね。不全流産 子宮外妊娠?

2人目を出産後、生理が再開したのは2人目が1歳3ヶ月の頃でした。それから2ヶ月順調に生理が来たものの3ヶ月目に遅れていることに薄々気づいていました。ですがまだホルモンバランスが整っていないだけではないか、そのうち来るだろうと、日常の忙しさを言い訳に誰かに相談することや病院に行くこともなく、とうとう1ヶ月が経とうとしていました。

そんなある日トイレに行くと少量の出血が見られたのでした。やっぱり遅れていただけかと安心したのですが、それから約2週間、ごく少量の出血(日によってはない日もありました)が続き不安に感じ始めた矢先、腹部にわずかな痛みを感じていました。生理では感じたことのないドクドクと流れ出る血、慌ててトイレに駆け込むと溢れ出る血でトイレ一面真っ赤に染まりました。

しかしその日が休日だったこともあり自宅で様子を見ながら迎えた月曜日、病院に行きました。出血の様子、後から調べた尿検査の結果、「約9週頃の不全流産だろう」と言われました。

大量出血から2日、もしかしたら…と頭によぎっていたことを声に出して言われてしまうとやはりショックでした。何よりも付き添ってくれていた主人に伝えるのが辛かったです。私は妊娠に気づいていなかった為、妊婦健診にも通っていません。

不全流産で間違いないだろが、子宮外妊娠の可能性も0ではないという医師の判断から即入院、内容物除去の手術になりました。手術自体はその日に約30分で、検査結果によって退院日が決まるものでした。結果ホルモンの数値が思っていたよりも高く2日間入院、数値が下がり、子宮外妊娠の可能性はほぼないでしょうとのことで3日目に無事退院しました。

生理は女性にとってめんどくさい(私はそう思っていました)と感じることもあると思います。ですが、生理が順調に来ていないということは、ホルモンバランスが乱れているのかもしれない、

また私のようになる可能性もなくはないということ、身体がなにか異変を伝える為のサインの一つだったと思うので、ちょっとでも遅れているのなればせめて誰かに相談すれば良かったと思っています。もう2度同じことを繰り返さない為にも自分自身の身体にもきちんと目を向けてあげていこうと思います。 Tさん 26歳 妊娠9週

一人目死産。二人目の稽留流産で・・・

一人目は死産でした。そして、二人目4ヶ月くらいで、いつものように、検査しに行きました。そして、告げられました。もう、心臓が止まっていると、稽留流産でした。

最初は、ぼーぜんでした。そして、一人目を思い出し、まさか二人目までもが、信じられなくて、かなり泣いたのを覚えています。二人も亡くすなんて、もう嫌だと、自暴自棄なってました。

こんな思いばかりするんなら、もう子供はいらない、ほしくないと、ずっと落ち込んでいました。でも、主人の優しさや、励ましてくれて、今では二人の子供に恵まれました。Mさん 30歳 妊娠15週

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