臨月になると気になるのが分娩のこと。おしるし、陣痛、破水といった分娩の兆候から分娩の終了まで、知っておくべきポイントはたくさんあります。分娩には大きく分けて、経膣分娩と帝王切開がありますが、吸引分娩や鉗子分娩は経膣分娩の最中に、なんらかの形でトラブルが起こったときに行われる処置法です。
今回は吸引分娩と鉗子分娩について、その定義や行うメリット・デメリット、それぞれの違い、行われるタイミングや場面など、知っておきたい情報を幅広く挙げてみましたので、ぜひ参考にしてください。
吸引分娩とは?
吸引分娩とは、先端部分がカップ状の器具を赤ちゃんの頭部分に当て吸引することで、分娩の進行をスムーズにする処置を指します。
吸引分娩は分娩が進行しているにもかかわらず、赤ちゃんの頭がなかなか出てこないときに行われるもので、行うかどうかの判断は、赤ちゃんの状態および分娩の進行の状況によります。
吸引分娩で使用されるカップは、金属製のものとシリコン製のものがあります。金属製のカップはハードカップ、シリコン製のカップはソフトカップとも呼ばれます。
鉗子分娩とは?
鉗子分娩とは、鉗子と呼ばれる特殊な産科器具で、赤ちゃんの頭をはさみ牽引する分娩法を指します。鉗子とは料理に使うトングに似た器具で、これを膣に挿入し、赤ちゃんの頭をはさみ引っ張りだします。
吸引分娩との違いは、使用する器具が異なること。吸引分娩が吸引圧によって、赤ちゃんの頭を引っ張るのに対して、鉗視は赤ちゃんの頭をはさみこみ、引っ張ります。
吸引分娩と鉗子分娩の違いについて
海外では、より確実に赤ちゃんを引き出せる鉗子分娩が主流ですが、鉗子分娩は医学的な技術に優れた医師が行うべき、難しい処置とされています。赤ちゃんの頭をはさみ、牽引しますので、吸引分娩に比べると、より確実に赤ちゃんを娩出できることが特徴です。
これに対して吸引分娩は比較的容易にできる処置であり、牽引する力も穏やかなことから、日本の病院では、まずは吸引分娩を試みることが多いといわれています。牽引力が穏やかなことは吸引分娩のメリットのひとつですが、牽引力が弱いため、吸引カップが赤ちゃんの頭から外れてしまい、分娩に至らないケースもあります。
吸引分娩に関しては、吸引を行う時間、回数などがガイドラインとして定められています。吸引分娩で赤ちゃんの娩出ができなかった場合、次の手段として鉗子分娩に切り替えることも。吸引分娩、鉗子分娩でも分娩に至らない場合、緊急的に帝王切開手術で赤ちゃんを取り出すこともあります。
吸引分娩と鉗子分娩、どちらを行うかの判断
吸引分娩と鉗子分娩、どちらを行うかに関しては、赤ちゃんの頭の位置や下降度合いなどを考慮し、医師が判断します。いずれの方法にしても、吸引・鉗子分娩の施術に対する医学的知識と熟練した医師が行います。
どちらの方法が優れているかに関しては、ひとつひとつの分娩の状況と母体および赤ちゃんの状態によって異なります。吸引分娩も、鉗子分娩も、分娩の進行が始まってから緊急的に行われるもので、計画的に行われるものではありません。吸引・鉗子分娩について、疑問点や不安なことがある場合は、臨月の妊婦定期健診の際や母親教室で確認しておきましょう。
吸引・鉗子分娩に対する希望
産婦人科病院やクリニックによっては、妊婦さんから分娩や入院に対する希望やリクエストを、バースプランとして受けつけています。吸引分娩はできればしてほしくない、など、吸引分娩に対して特別な気持ちがある場合は、バースプランとして伝えてもいいでしょう。
実際の分娩の形が妊婦さんの希望どおりになるかどうかは、病院の施設や体制によりますが、吸引・鉗子分娩に関して特別に希望がある場合には、分娩の方法について前もって医師に必ず相談しておくと、あとで後悔しません。
吸引分娩・鉗子分娩が行われる条件や状況について
吸引・鉗子分娩が行われる条件や状況について詳しく知っておきましょう。
赤ちゃんがなかなか出てこない、という状況は千差万別であり、すべての状況において吸引・鉗子分娩が行われるわけではありません。吸引・鉗子分娩を行うにはそれなりの条件があり、これらを満たしていない限り、吸引・鉗子分娩を行うという決定はなされません。吸引・鉗子分娩の条件をいくつか挙げてみましょう。
吸引・鉗子分娩が行われる条件とは?
吸引・鉗子分娩が行われる条件とは、妊娠35週以降で、すでに破水が起こり、且つ子宮が全開していること。もうひとつの重要なポイントは、児頭骨盤不均等でないこと。児頭骨盤不均等とは、赤ちゃんの頭と母体の骨盤の大きさが釣り合わないことで、この場合経膣分娩は不可能になります。
さらに赤ちゃんの頭が十分に下に降りてきていて、吸引カップや鉗子を使うのに相応しい位置にあること、赤ちゃんが成熟していて、生存していることなども条件になります。
これらの条件を満たしている上で、さらに次のような状況が見られる場合、吸引・鉗子分娩が選択されることがあります。
吸引・鉗子分娩が行われる状況とは?
分娩の段階には3段階があります。このうち吸引・鉗子分娩が行われるのは、分娩第二期が遷延したり、停止した場合。子宮が全開しているにもかかわらず、微弱陣痛が続いた場合などが、これに相当します。他にも赤ちゃんの回旋異常や、産道が硬くなる難産道強靭なども、分娩のスムーズな進行を妨げます。
分娩の進行が思わしくなく、長引いている上、母体の疲労や体力の消耗が激しく、分娩が長引くと母体へのリスクが高まるときも、吸引・鉗子分娩が選択される可能性があります。
母体に対する懸念やリスクに加えて、赤ちゃんの心拍が弱まるなど、胎児機能不全の症状が見られる場合にも、吸引・鉗子分娩が選択されます。
吸引分娩も、鉗子分娩も、陣痛のいきみのリズムに合わせて牽引します。吸引分娩でも赤ちゃんの娩出が難しい場合は、最終的に帝王切開手術で赤ちゃんが取り出されることもあります。
母体に対するリスクとは?
母体に対するリスクとして挙げられるのは、膣壁裂傷、会陰裂傷、頸管裂傷など。他にも尿道膀胱破裂のリスクもあるとされています。
膣・会陰裂傷とは?
膣や会陰などの産道の部分に赤ちゃんがおりてくることにより傷つくことを指します。分娩による産道裂傷を防ぐため、あらかじめ会陰部分を少し切っておくのが、会陰切開です。吸引分娩になると、赤ちゃんの頭を引っ張りだすことになり、この際膣や会陰に裂傷が生じるリスクがあります。
赤ちゃんに対するリスク
吸引カップで牽引することにより起こりうるリスクについて、ひとつひとつ挙げてみましょう。吸引分娩はそのままの状態にしておくと、母体や赤ちゃんのリスクが生じるおそれが強い場合に、一刻の余地もなく行われる手段です。つまり吸引分娩が選択されるのは、行うメリットがリスクを上回る場合といえるでしょう。
吸引分娩は自然分娩にはないリスクを伴いますが、真にやむを得ないときだけに行われる方法です。吸引分娩や鉗子分娩に対して不安を感じる方は、あらかじめ産婦人科医とよく相談しておくことをお勧めします。
頭血腫
頭血腫とは、赤ちゃんの頭蓋骨を覆う骨膜がはがれ、その部分に血液が溜まることにより生じるこぶ状のものを指します。赤ちゃんの骨膜がはがれるのは、分娩の際に赤ちゃんの頭が狭い産道を通ることにより、強く圧迫されるため。自然分娩でも起こることがありますが、吸引分娩の場合は赤ちゃんの頭を吸引するため、この頭血腫が起きやすいといわれています。
頭血腫は経過観察が基本であり、そのまま2、3ヶ月時間が経つと自然になおることが多いといわれています。
帽状腱膜下出血
帽状腱膜とは、頭皮の下部にあり、頭蓋骨を包み込んでいる膜を指します。吸引・鉗子分娩により、赤ちゃんの頭皮が非常に強い力で引っ張られたとき、この帽状腱膜と骨膜の間に出血が生じることがあります。これが帽状腱膜下出血です。
頭血腫の場合は、骨の継ぎ目を越えて出血が広がることはありませんが、帽状腱膜下出血の場合は、出血が頭全体に広がることがあります。黄疸の症状が重篤になるリスクや大量出血のリスクも生じます。
帽状腱膜下出血は生後12時間から24時間後に、頭の腫瘍としてあらわれますが、広範囲に出血が広がると、頭自体がふくらんだ状態になります。出血の量が増えると貧血状態になるため、輸血が必要になることも。
大量出血を起こすと、出血性ショック状態に陥り、最悪の場合は死に至るケースもみられます。帽状腱膜下出血は、吸引分娩のリスクの筆頭に挙げられます。※参照2
産瘤が大きくなる
産瘤とは、赤ちゃんが産道を通る際に周囲からの圧迫を受けるためにできる浮腫を指します。産瘤は生後数日間で自然になおることが大半です。頭血腫瘍のこぶが出血によりできているのに対して、産瘤のこぶはリンパなどの体液からなります。
新生児黄疸
新生児黄疸は新生児に一般的に見られる症状で、生理的な黄疸の場合は、しばらくすると自然になおります。頭血腫瘍や帽状腱膜下出血が起こると、黄疸が重篤化する傾向がみられます。黄疸の治療は光線治療が一般的です。
吸引分娩・鉗子分娩は保険が適用されるの?
吸引や鉗子分娩になった場合、気になるのは費用のこと。帝王切開手術同様、保険は適用されるのでしょうか?保険適用に関する区分としては、異常分娩と正常分娩に分けられています。医師が疾病と認めて診療を行った場合は異常分娩、それ以外は正常分娩と区分され、異常分娩の場合は医療保険の適用が受けられます。
吸引・鉗子分娩については、医療上の必要があると医師が判断してされて行われるものですので、原則的には健康保険の適用範囲に相当します。健康保険の適用が受けられるのは、帝王切開手術による分娩だけ、と思っている妊婦さんも多いようですが、これは間違い。たとえ経膣出産であっても、吸引分娩や鉗子分娩の場合は、原則として保険の適用が受けられます。
また吸引・鉗子分娩に伴い、会陰切開や縫合手術を行った場合の費用も保険の適用範囲ということになります。申請を行う際には、医師からの診断書などが必要になりますので、まずは加入している保険の手続きを確認しましょう。
ただしそのままにしておくと異常やリスクが生ずる可能性があるため、リスクを予防する目的で吸引・鉗子処置を行ったが、その後正常分娩で出産に至った場合は別。この場合は異常分娩とはみなされず、正常分娩として扱われます。この場合は吸引・鉗子処置の分の費用は、自己負担になります。※参照3
吸引・鉗子処置の自己負担費用について
吸引・鉗子処置の自己負担費用ですが、これは病院やクリニックによって金額がまちまちですので、気になる方は出産予定の病院で確認しておきましょう。
医療保険の適用も受けられるの?
医療上の必要があるとして行われた吸引・鉗子分娩は、健康保険の適用範囲になりますが、では妊婦さんが別途加入している医療保険に関してはどうでしょうか?
医療保険プランに関しては、それぞれの保険会社の規定によりますが、異常分娩として健康保険の適用を受けた場合は、原則として医療保険の適用対象になりますので、詳しくはご自分が加入されている保険の条項や規定を確認してみましょう。吸引処置だけでなく、会陰切開・縫合などの、吸引処置に伴う処置についても、保険金の受給が認められることがあります。
まとめ
吸引分娩と分娩について知っておきたい情報をご紹介しました。分娩の最中になんらかの事情により、それ以上分娩が進行しなくなり、赤ちゃんの頭がなかなかおりてこない場合に行われるのが、吸引・鉗子分娩。特殊な器具を用いて、赤ちゃんの頭を引き出すことで、分娩の進行がスムーズに行われることを促します。
吸引分娩・鉗子分娩は分娩の最中に緊急的に行われる処置ですので、いざという時に慌てないように、出産前に幅広い知識や情報を得ておくようにしましょう。
※参照1 日本産婦人学会 吸引・鉗子分娩について
※参照 日本産婦人科学会 鉗子分娩
※参照2 日本産婦人科学会 新生児の管理と治療
※参照3 日本産婦人科学会 妊娠・分娩・産褥の保険診療と自費診察について
※参照 日本産婦人科学会 保険診療について