妊娠中、とくに妊娠中期・後期から臨月は妊婦は貧血にかかりやすい状態にあります。症状はめまいや立ちくらみ。他に動悸、息切れ、頭痛、顔面蒼白、耳鳴り、爪の異常などがあります。
妊婦の貧血の症状は妊婦貧血と呼ばれ、症状が悪化すると妊婦本人だけでなく、おなかの赤ちゃんにも悪影響を及ぼす、実は怖い症状です。妊婦貧血にかかることは決して珍しい症状ではありません。
妊娠後期の貧血の症状から予防・対策まで、妊娠後期に貧血を感じるときに知っておきたい、いろいろな情報をご紹介します。
妊娠後期に貧血になりやすい理由とは?
妊婦は妊娠期間中を通じて貧血になりやすい状態に置かれています。これは妊娠中は母体だけでなく、おなかの赤ちゃんも鉄分を必要とするためで、妊婦の鉄分や葉酸の摂取不足により引き起こされます。
おなかの赤ちゃんの成長が著しい妊娠中期および妊娠後期になると、貧血の症状が出る妊婦さが多くなります。これは赤ちゃんに必要な鉄分の量が増えるためで、貧血を予防するためには鉄分や葉酸の摂取量を適宜増やす必要があります。
また妊娠中期や妊娠後期だけでなく、もともと妊娠前から貧血の症状が出ていた方は、妊娠初期の段階でも妊娠貧血になる可能性があります。
日本人は鉄分摂取量が不足する傾向にあり、さらに女性は生理や無理なダイエットによりもともと貧血になりやすい環境に置かれています。妊娠中は意識的に鉄分摂取に努める必要があると言えるでしょう。妊婦の貧血は「妊娠貧血」「妊婦貧血」と呼ばれています。妊娠中の貧血の定義について詳しく知っておきましょう。
妊婦貧血とは?
妊娠中に生じる貧血は「妊婦貧血」「妊娠貧血」と呼ばれています。妊婦貧血の定義とは、ヘモグロビン(Hb)の数値が11.00/dl未満、ヘマトクリット値(Ht)は33%未満になります。ヘモグロビンとは赤血球の中の赤色素で、ヘム=鉄、とグロビン=タンパク質から構成されています。赤色素のはたらきは、体全体に酵素を運ぶことです。
ヘマトクリット値とは血液中の赤血球の割合を示します。女性の場合のヘマトクリット値の基準は、34%から45%で、妊娠貧血の場合はヘマトクリット値がこれ以下になります。
貧血とはすなわち、血液中の赤血球と赤色素が標準値よりも少ない状態を指します。妊娠中に貧血が生じるメカニズムについて詳しく見てみましょう。※参照1
妊娠後期に貧血が生ずるメカニズムとは?
おなかの赤ちゃんの成長にともない、妊婦の循環血液量は妊娠初期から徐々に増加していき、増加のペースは妊娠20週目以降に急激になります。妊娠20週目は妊娠中期の半ばに当たります。この頃からおなかの赤ちゃんが大きく成長していくために、たくさんの血液が必要になるからです。
妊娠後期に最大になる循環血液量
増加する一方の循環血液量が最大になるのは、妊娠30週目から32週目頃。最大量は約1000mlに達します。妊娠していないときに比べてると、循環血液量は40%から45%ほど増加しています。
これは妊娠9ヶ月、すなわち妊娠後期の半ばに当たります。循環血液量はその後出産が終わるまで、高い数値を維持したまま推移し、出産が終わると再び徐々に少なくなっていきます。
赤血球と血漿の割合
妊娠後期には循環血液量が増加するのに、妊婦が貧血になるのはどうしてでしょうか?これは増加する血液の中に含まれる赤血球と血漿の割合に開きがあるためです。
血漿成分は50%程度増加するのに対して、赤血球の増加は30%のみ。つまり血液量は増加するものの、赤血球の割合は小さく、そのため血液がいわば薄まった状態になっています。これが妊娠後期に妊婦に貧血が生じるメカニズムです。
鉄欠乏症貧血とは?
妊娠貧血の大多数は鉄欠乏症により起こります。鉄欠乏症貧血とは鉄分の摂取が不足することにより起こるものを指します。日本人女性の鉄分の摂取量は一日約7mgですが、妊娠中は赤ちゃんの分も必要なため、これだけでは鉄分が不足してしまいます。これが鉄欠乏症貧血で、鉄欠乏症貧血を予防するためには、十分な量を鉄分を摂取しなければなりません。
妊娠後期に必要な鉄分の量とは?
厚生労働省によると、妊娠後期の妊婦は、非妊娠時よりも12.5mgほど多く鉄分を摂取することが必要です。非妊娠時に必要な鉄分の量は、一日8.5gから9gですので、妊娠後期の妊婦に必要な鉄分は、一日約21mgということになります。
葉酸欠乏症貧血
妊娠後期の貧血というと、鉄分不足が真っ先に思い浮かびますが、葉酸が不足しても貧血の症状が出ます。鉄分同様、妊娠後期には妊娠前よりも多く葉酸を摂取する必要があります。妊娠中期・後期に必要な葉酸の量は一日480 μg。妊娠前よりも200 μg多く摂取しなければなりません。
また葉酸に加えて、ビタミンB12が不足しても貧血になるおそれがあります。妊娠後期の貧血予防には鉄分だけでなく、葉酸やビタミンB12の摂取も必要です。
妊娠後期の貧血は早期発見が重要
貧血が怖いのは本人が無自覚なまま、じわじわと進行していくこと。女性の場合は、ダイエットや生理のために貧血予備軍や隠れ貧血の方が多いにもかかわらず、多くの方は貧血に対して無自覚です。
めまい、吐き気、頭痛は貧血の典型的な兆候ですが、非常にありふれた症状なので、貧血の兆候として見過ごす方が多いのが現実。また女性なら貧血気味が当たり前、といった良くない固定観念にとらわれている方も多く、早期発見が難しい症状のひとつです。
妊娠してはじめて、自分のヘモグロビンの数値やヘマトクリット値を知り、貧血気味であると医師から告げられる妊婦も大勢います。妊婦定期健診では、妊娠初期、中期、後期にそれぞれ血液検査を行い、ヘモグロビンの数値やヘマトクリット値を把握します。妊娠中は病院で貧血かどうかの診断を行ってくれるので安心ではありますが、妊婦自身が貧血の兆候を知っておくことも大切です。
貧血の症状とは?
貧血のもっとも典型的な症状は、めまいや立ちくらみ。他に動悸、息切れ、頭痛、顔面蒼白、耳鳴り、爪の異常なども貧血の症状として挙げられています。
疲労を感じる、脱力感がある、ふらつく、吐き気がする、家事をしているときに息が荒くなる、といった症状が出る妊婦もいます。
妊娠後期になるとおなかが大きくせり出してきますので、貧血にかかっていなくても、疲労感を感じやすいもの。貧血の症状があっても気がつきにくいので、他にも貧血の症状が出ていないか、注意することが大切です。貧血の症状が悪化すると、頻脈、低血圧、失神といった症状もあらわれます。
妊娠後期の貧血による悪影響とは?
妊娠後期の貧血は母体だけでなく、おなかの赤ちゃんに悪影響をもたらします。妊婦の貧血が軽度の場合は、おなかの赤ちゃんへの影響は心配ない、といわれていますが、症状が重度の場合は、胎児への悪影響も懸念されます。
母体の貧血がもたらすリスクとは、胎児発育不良、早産、低出生体重児など。妊婦の貧血が急速に重篤化した場合、胎児死亡に陥ることもあります。たかが貧血と思って軽く考えていると、取り返しのつかない事態に至る可能性もありますので、妊娠中は貧血予防に努めることが絶対に必要です。
妊娠後期の貧血予防
妊娠後期の貧血を予防するためには、鉄分をたっぷり含む食材を食事に取り入れなければなりません。妊娠後期の食事メニューに鉄分を取り入れる際のポイントについて見ていきましょう。参照2
鉄分を多く含む食べ物とは?
貧血の予防改善には、鉄分が重要な役割を果たしています。鉄分を多く含む食べ物の代表は、牛肉、鶏肉、豚肉のレバーや肉、ひじき、ほうれん草、納豆、小松菜、鶏卵、まぐろ、かつおなど。食べ物に含まれる鉄分には二種類あり、ヘム鉄と非ヘム鉄と呼ばれています。
肉や魚に含まれる鉄分はヘム鉄と呼ばれています。ヘム鉄の特徴は吸収率が良いこと。小腸から直接消化、10%から20%程度が体内に吸収されます。これに対して野菜や海藻類に含まれる鉄分は非ヘム鉄と呼ばれていて、吸収率の点からは非ヘム鉄に及びませんが、ビタミンやミネラルなど、その他の栄養素も豊富に含まれています。鉄分は肉や魚からだけでなく、野菜や海藻からもバランス良く摂ることが大切です。
食事に鉄分を多く含む食べ物を取り入れる際には、ヘム鉄と非ヘム鉄の両方を摂るようにしましょう。
造血効果のある栄養素とは?
貧血予防改善に効果があるのは鉄分だけではありません。貧血の原因のところで述べたとおり、貧血を引き起こす原因は葉酸やビタミンB12の欠乏にもあります。鉄分とともに、造血効果のある栄養素、ビタミンB6、B12、ビタミンC、葉酸も合わせて摂るようにしましょう。それぞれの栄養素を多く含む食べ物をいくつか挙げてみましょう。
ビタミンB12
ビタミンB12のはたらきのひとつは、骨髄において正常な赤血球をつくること。ビタミンB12を多く含む食べ物は牛レバー、鶏レバー、卵黄、チーズ、魚介類などです。
ビタミンB6
ビタミンB6には、赤血球のヘモグロビンの合成のほか、免疫機能を正常に整える機能、皮膚の抵抗力を高める機能などがあります。ビタミンB6を多く含む食べ物の代表はマグロ。他にはかつお、レバー、バナナなどにも多く含まれています。
葉酸
葉酸のはたらきのひとつは、赤血球の細胞の形成をたすけること。また妊娠初期に葉酸が極端に不足すると、おなかの赤ちゃんの神経管閉鎖障害のリスクが高まるといわれています。
妊娠中期・後期に葉酸が不足すると、妊婦の貧血が起こりやすくなります。妊娠後期の貧血を予防するには、鉄分だけでなく、葉酸も適切に摂取することが大切です。
葉酸を多く含む食べ物とは、レバー、モロヘイヤ、枝豆、ほうれん草、ブロッコリーなどの緑黄色野菜、いちごなど。葉酸は体内で蓄積される割合が低く、毎日欠かさず摂取することが必要です。
ビタミンC
ビタミンCには鉄分の吸収を助けるはたらきがあります。他にも、抗酸化作用や免疫力を高めるはたらき、皮膚や粘膜を健康に保つはたらきなどがあります。
鉄分の吸収を助けるはたらきがあるため、妊娠後期の貧血予防に効果的です。ビタミンCを多く含む食べ物の代表は、柑橘系の果物やいちご、野菜、芋類など。鉄分、葉酸、ビタミンB群とともに、ビタミンCの摂取も忘れずに行いましょう。
レバーの摂取について
レバーは貧血予防・改善に効果のある栄養価満点の食材ですが、妊婦が食べる際には摂取量に注意しなければなりません。とくに注意すべきなのは妊娠12週目までですが、それ以降も過剰に摂取することは控えたほうがいいといわれています。
レバーに含まれるビタミンAを妊娠初期に過剰摂取すると、おなかの赤ちゃんに奇形が生じるリスクがあることがその理由妊娠。中期・後期に入ってもビタミンAを多く含む食べ物を、毎日繰り返し摂取することは望ましくありません。ビタミンAの及ぼす悪影響が心配な方は、鉄分補給はレバーのみではなく、野菜や肉、卵などからも行うようにすると安心です。
妊娠後期の貧血の治療法とは?
妊娠後期の血液検査で貧血と診断されたら、鉄剤を処方されることもあります。妊婦の体質によっては鉄剤が合わないこともありますが、どんな場合でも自己判断は禁物。貧血の治療法に関して、分からないことや疑問なことがあれば、医師に必ず相談するようにしましょう。
鉄分や葉酸を補給するためにサプリメントを摂る場合も、摂取する量や回数をしっかり確認してから摂ることが大切。サプリメントの中には妊婦は摂るべきではないものもありますので、妊婦用のサプリを選びましょう。
妊娠後期に貧血を感じたときの注意点とは?
妊娠後期に貧血を感じたときの対処法や注意点について挙げてみましょう。妊娠後期の妊婦は、おなかが大きく出ているため、ちょっとしたことで足元がふらついたり、転倒しやすい状態にあります。
妊娠後期の妊婦さにとくに注意してもらいたいのは、入浴中や入浴後。熱いお湯につかっていると、脳貧血になり、ふらつきやめまいを感じることがあります。入浴する際にはお湯の温度に注意し、心臓に負担を与えないようにしましょう。
妊婦は長風呂もNG、お風呂は手短に済ませましょう。浴室で滑って転倒しないよう、滑り止めマットを置く、バスチェアを利用する、ゆっくり立ち上がるなど、転倒防止の工夫が必要です。
まとめ
妊娠後期はおなかの赤ちゃんがいよいよ大きく成長する時期で、妊婦は貧血を感じやすくなります。妊娠後期の貧血を予防するためには、鉄分や葉酸の摂取を意識的に行うことが大切です。妊婦が貧血になると、出産後の回復も遅くなります。妊娠後期に貧血になりやすい原因と予防法について、情報をしっかり養っておきましょう。
参照1 日本産婦人科学会 妊婦貧血とは
参照2 厚生労働省e-ヘルスネット 貧血の予防には
参照 厚生労働省 妊婦の食事摂取基準
参照 東京都 病院経営本部 貧血の食事
参照 厚生労働省 妊婦の食事摂取基準
参照 日本産婦人科学会 食事と先天異常